◆ぱふぱふ。 一行、アッサラームにたどり着く。 アッサラーム。 砂漠にほど近い為か、照り付ける日差しは肌を刺すようで、 油断をすればあっという間にその熱気に体がやられてしまう。 だからといって街に着いて気を緩めてはいけない。 商人達の友好的な笑顔と言葉は、いままでの過酷な旅程で疲れきった神経を癒し、 がま口をも緩ませる事になるかもしれない。 が、結果としてその笑顔に惑わされ大損する粗忽者が出てくる事になる。 いや、彼らの友好的な態度に嘘偽りはない。 ただ、それと商売を別物と捉えているだけで。 夜になれば、嘘のように昼間の外気の熱もおさまり、心地よい風が吹き、 世界的に有名な名物ベリーダンスが劇場で催され、 香油を塗った肌もあらわな踊り子達の、扇情的な踊りが男達を魅惑する。 そんな開放的な雰囲気もあってか、この街ではひとときの春をひさぐ女性達の姿も 公然と見受けられ、後ろめたさのかけらも無い。 その様子は、まるで四季の花全てが一斉に咲き乱れたかの鮮やかさ。 花の美しさ、香り、そしてその蜜に惹かれ様々な虫がたむろう。 チョウの如く姿の美しいもの、トンボの如く俊敏なもの、 スズムシの如く美しい言葉で惑わすもの、 そしてスズメバチの如く剣呑なもの。 だが、一見たおやかに見える花もまた、とげや毒を備えるものもいて。 男は言葉巧みに女を欺き、 女はその美しい容姿と機転で男を晦ませる。 男と女の騙し合い。 アッサラーム、ここでは昼であれ夜であれ、騙された方が愚かなのだ。 「と、いうことで、特に将軍にはご注意願いたいと」 日が落ちて、早速街にくり出そうとする文秀に元暁は釘をさす。 「元暁、俺がそこらの商売女に騙されるような間抜けだっていうのか」 「貴方の場合は間抜けというより無謀なのですよ」 元述もどことなく不機嫌に見える顔で元暁に補足する。 「決して危険を予測できない間抜けなどではなくて、 そこに危険が潜んでいるのに、それを分かっていてなお向かおうとする、 貴方にはそういう傾向が強いのですから」 「『虎穴に入らずんば虎子を得ず』て言うだろ」 人畜無害、無味乾燥な女を相手にして何が楽しい、 そう言ってそっぽを向く文秀だったが、 「いらない事に首を突っ込んでひどい目にあうという、 『ヤブをつついて蛇を出す』という言葉もありますよね」 ニコニコと、更に二人に言葉を重ねるのは阿志泰だ。 「でも、ま、いいんじゃないですか。 心の思うままに行動するのが人の真の姿であると思いますし」 「阿志泰!貴様、まるで将軍を理性のカケラも無いケダモノと同じだと言うのか!」 元述の強い語調での反論に、いやそこまで言ってねぇ、つーかそこまで言うか、と、 言われている本人は思ったが、下手に口を出すとそれこそヤブ蛇になりそうなので 黙っている事にした。 「元暁、お前も将軍をここまで侮辱されて腹が立たないのか!」 振りかえって元述は元暁に同意を求めるが、 「そうおっしゃられても、私は人の性欲というものがいまいち理解できないので… 元述、そういった事は貴方の方がよくわかってらっしゃるのでは」 と、うまくはぐらかされ、更に予想外の返事をされて戸惑う元述。 「そ、そう言われても俺は別に女になど興味は」 「健全な男子ともあろうものが、女性に興味が無い、と。 へ〜ぇ、それでは、こう解釈できますね」 今が好機とばかりに、阿志泰はたたみかける。 「一つは本当は興味があるのに、それを押し隠している、いわゆるむっつりスケベ。 そうでなければ、健全でない男子、つまりは変態。」 「だ、誰が何の証拠があって変態と…!」 「おや、えらく突っかかりますね。ああ、さては図星?」 「貴様だって女に興味があるようには」 「私は道を究めようとする者です。女性に興味がないとは申しませんが、 何よりもまずこの世の理のほうにより興味をおぼえますので…」 阿志泰が道を究めようとする者ならば、 元述は剣術を究めようとする者だから同じようなものなのでは、と、 元暁は思ったが、とりあえず目の前の騒ぎが楽しいので黙っていようと考えてから ふと気づく。 文秀の姿がいつのまにか消えている事に。 「全く、あいつらは風流ってものがわかってない」 あいつらといると、まるで俺一人が色情狂か何かのようだぜ、 そうひとりごちながら当の文秀は喧騒の中を歩いていた。 ふと、色街に溢れる男達の戯れの声、女達の嬌声に紛れて、 ほんの小さな、だがはっきりと、 磁器を触れ合わせるような澄んだ音が響いたのを文秀は聞き逃さなかった。 この音は前にも聞いた事がある。 か弱い女のくせに、義を成し遂げた彼女の、大切な道具がたてた音。 振り向いた視線の先でゆったりとパイプをくわえて座っていたのは…… 「…能恵衣」 「スズメバチさん、相変わらず疲れた顔をしてるのね」 チン…と指輪がぶつかり合ってすずしげな音をたて、 能恵衣はその幸薄げな顔にほんのり笑みを浮かべる。 あの日と同じく、今もまた彼女は全ての指に指輪をつけている。 その手をとって、その白魚のような形の良い指にキスをし、 文秀はそのまま目線だけを指から能恵衣の目に移す。 「お前みたいな奇麗な女にだったら殺されるのも悪くはないな。 お前のこの白くてはかなげな細い指で首でも絞められれば、 どうあがこうとも、指輪が引っかかってはずせない」 取られた手の甲で軽く文秀の口をふさいで、能恵衣は文秀の耳元にささやく。 「黙って。サービスするから。天国が見えるぐらいに、ね」 「う、くっ、ぐぐぐ…」 男の苦悶の声が部屋に響く。 「痛い?苦しい?でも、我慢して。すぐに楽になるから」 女の声は器に張った水の表面のように静かで落ち着いている。 「能恵衣っおま、え……どう…して!」 「貴方がとても疲れた顔をしているから、この世の苦しみから解放してあげたいの……」 「どう、ツボを指輪で刺激するマッサージ。段々気持ち良くなってきたでしょう」 「……だから、どうして、マッサージなんだ。 どうせ気持ち良くなるならただのマッサージなどより…いや、なんでもない」 ちゃんちゃん。 蛇足:本家ドラクエのオチに敬意を表して。 いや、筋肉隆々のオッサンじゃないだけ文秀の方が幸せだ。 ドラクエ3を知ってる人にはオチがばれるかもと、(題が題だし) 過剰にシリアスな雰囲気を表わした……努力だけは認めて下され。 (041121) |